あっというまに、今年も残すところ一日とちょっと。
みんな、元気なのかな。
元気だよね。
いつも通りだよね。
そう思って、そうであって当たり前のように、時間に追われる年の瀬を送っていたんでした。
そしたら、本当に思いもよらぬ、考えもしなかったことが。
ここ数日は、なんか重いものにぐっと心を押さえつけられているような。
この写真のように、日は昇っているはずなのに、どんよりと厚い雲に覆われている、そんな感じで。
ああ、どうしてこうなっちゃったんだろう。
大事な友達が、本当に突然、逝ってしまった。
大学時代、勉強せずに、遊び呆けていた私だけど、友達には恵まれたんでした。
私が結婚したときは、彼女はアメリカに行ってたんだっけかな。
行ったり来たりだったんだよね。
ここ数年は夏の帰省のときに一緒にご飯。
地元に戻れば、会えると、会えて当然だと、会えなくなる日がこんなにも突然にくるとは夢にも思わず。
震災のちょうど一年前、お節介なオット氏が、会社経営者で家族思いで料理が上手くて紳士で、
でもまだ独身の友人S氏と彼女をくっつけようなんて考えて。
その夏、S氏はオット氏と一緒に、仙台に来たんでした。
今考えると、ほんとありえないっていうか、ドッキリみたいな話だけど(笑)
S氏と一緒に松島デートなんかしてね。
でも、彼女は、S氏とじゃなくて、私の姉とマイケルやトラヴィスの話で盛り上がっちゃって。
S氏とよりも、姉との方が馬があっちゃってね。
すごい無理やりな引き合わせだったけど、私の家族も、彼女も、S氏もみんな、
このドッキリを最後には楽しんでくれたのかな。
初めから上手くいくとは思ってなくて、ただ、これを口実にS氏を仙台に連れて行きたくて、
ほんとこれを口実に、みんなで美味しいものが食べたかったんだよね。
結局、みんな仲良くなって、最後は牛肉の美味しいレストランで食事をして。
考えるまでもなく、お見合い大作戦は失敗に終わったんでした。
そんなことがあったのが、もう3年も前のこと。
今年の夏も、彼女は相変わらず背が高くて、相変わらずの彼女で、ほんと元気で、
楽しく食事をしたんでした。来年もまたみんなで会おうね、ってさよならして。
先月、11月の半ばに、メールをしようと思って、でも、しなかった。
普通に元気で、いつも通りで、相変わらず頑張ってるんだろうなって思ってて。
メールをしていたとしても、彼女の病魔を私は、私たちはどうすることもできなかったし、
何かを変えることはできなかったと思う。
でも、「やろうと思えばできた」ことを「しなかった」っていう後悔は、本当に悔やまれて。
過ぎてからじゃ遅いのにね。
自分の怠慢で、忙しいという理由で、忙しいふりをして、そんなのかっこよくもなんともないのに。
来年も会えて当然と思っていたんだけど、もう会えないなんてね。
これが彼女の天寿とは到底受け入れがたく、一方、人生や運命というものを考える自分がいて、
努力や自己研鑽やプラス思考や引き寄せや、ありとあらゆるものを駆使しても、
抗うことのできない、呑み込まれてしまうかもしれない、その黒くて大きな深いものに対して
恐怖を感じる自分がいて。
他の大事な人や家族や、それこそ私にも、その日はいつかは来るわけで、
いつ来るか分からない未来に対して恐れを抱き不安になるのは、無意味で徒労であろうと、
分かってはいるけれど、頭の片隅にいつでも置いておいて、毎日を、一瞬を、今を、
ちゃんと掴まえて、後悔のないように生きねば、と思うのです。
離れて暮らしているから尚のこと、色んな事を、色んな時を、大事に大事にしないとな、と。
年の暮れに、こんな重いことを考えていたんでした。
全部、夢だったらいいのにな。
全ての人が、健やかに、安らかな心で、良い新年を迎えることができますように。