台湾は雨の多い8月でした。そして、しんどい8月でした。
義母が老人ホームに入って一か月、やっと落ち着いてきたかと思った頃に、義姉が外で食事を理由に義母を連れ出して、そのまま戻らず…
夕方に、義姉と義母から電話がかかってきて、「健常な母を施設に入れるとはなんて親不孝な!!」から始まり大いに罵倒され、瞬間湯沸かし器的な人たちなので、それはもうひどい大喧嘩になりましたとさ。
それから義母は義姉のところで暮らしております。
これだけ書いたら、認知症の母を引き取って自宅介護するって、それこそ親孝行!!子供の鏡!!的な義姉の美談にすり替わってしまいそうですが、その背後には語るに口が曲がるような色々がありまして。
オット氏、こんなに尽くしたのに悪者扱いされちゃって。家族って、難しいですねー。
義兄は結局一度も見舞いに来ず。
なんだかなぁ。
兄弟は仲がいいに越したことはありませんわぁ。
で、嫁の私が何を悩むって感じですが、勝手に悶々となり超低空飛行をしながらも、オリンピックで涙したり、娘ちゃんが猛烈に推す韓流ドラマにはまったり、情熱大陸の動画を見たり、仕事に没頭したりしながら、忘れるべきことを忘れ、思考をリセット。
9月になったことだし、気を取り直して楽しいことを探しながら暮らしていこうっと。
てなわけで、久々に忠烈祠に行ってきました。高雄市を一望できて、やっぱりここいい!
雲は多いですが、空気はそれほど悪くないのか結構遠くまで見渡せました。
LOVEも健在(笑)
LOVEをバックにサルの…夫婦?亭主関白か?
私の心を反映してか写真が若干暗いですが、これからは明るい写真も撮れるようになるはず!
怒らず焦らず寝坊せずで、いい9月を過ごしたいものです。
いろんな台湾 いろんな風景
台湾生活を写真で記録
2016/08/07
台湾でも
Pokemon GOが解禁になりましたの、昨日!
夕方に近所の大きな公園に行ったら、携帯片手に歩き回る人の多いこと!
それに、台湾ならではでしょう、バイクを二人乗り、三人乗りしながら、Pokemon GOをやってる人もいたりして( ´艸`)
すごいですねポケモン旋風。
オリンピック始まりましたけど、それよりもポケモンが気になってる人の方が多いんじゃないかとすら思えるほどの空気です。
10年前には思いもよりませんでしたが、台湾はここ数年ですっかり日系外食産業の進出が進み、ラーメン屋も次々にオープン。
これまでのメインは豚骨ラーメン。右を見ても左を見ても豚骨豚骨豚骨!
しかーし!ついに高雄にもやってきました。札幌ラーメン。『炎神』。札幌ラーメンですから、味噌ラーメンですよね。
南国台湾のしかも高雄に居ながらにして、札幌ラーメンを頂けるとは、なんとも便利な時代になったものです。
初日はこんな行列!!
というわけで、私も並んでみました(笑)
18時半から並んで、店の中に入ったのが19時半。食券を買って、座って待つこと…待つこと…待つこと…なんと40分(゜□゜;)
ラーメンって、こんなに時間かかるもの???
まさか、麺を打つところから始めてるとか???
店内はおよそ30席。誰かが大食いチャレンジしてるとか???
くまなく眺めてみましたが、そんな様子はなく。
スマホという暇つぶしアイテムがあるからよかったものの、正直言って出直したいほどの待ち時間で(汗)
今回頼んだのは、味噌ラーメン2012(270元)、塩ラーメン(270元)、つけめん(300元)の三種類。普通の味噌ラーメンが一番おいしかったです。つけ麺はスープに入ってるスパイスが慣れない味で、苦手かなぁ。
でも、陽春麺なんかを50元とか、もっと安いと35元とかで食べられるこの高雄で、270元のラーメンは高級ですな!
あ、突然ですが、大好き!台湾というサイトのモバイルサイトで台湾に関係してそうなことをゆるく書いてます。更新は2週間に一回。暇つぶしにどうぞ。(携帯でしか見られませんが)
さ、8月も頑張ろうぞ。
夕方に近所の大きな公園に行ったら、携帯片手に歩き回る人の多いこと!
それに、台湾ならではでしょう、バイクを二人乗り、三人乗りしながら、Pokemon GOをやってる人もいたりして( ´艸`)
すごいですねポケモン旋風。
オリンピック始まりましたけど、それよりもポケモンが気になってる人の方が多いんじゃないかとすら思えるほどの空気です。
10年前には思いもよりませんでしたが、台湾はここ数年ですっかり日系外食産業の進出が進み、ラーメン屋も次々にオープン。
これまでのメインは豚骨ラーメン。右を見ても左を見ても豚骨豚骨豚骨!
しかーし!ついに高雄にもやってきました。札幌ラーメン。『炎神』。札幌ラーメンですから、味噌ラーメンですよね。
南国台湾のしかも高雄に居ながらにして、札幌ラーメンを頂けるとは、なんとも便利な時代になったものです。
初日はこんな行列!!
というわけで、私も並んでみました(笑)
18時半から並んで、店の中に入ったのが19時半。食券を買って、座って待つこと…待つこと…待つこと…なんと40分(゜□゜;)
ラーメンって、こんなに時間かかるもの???
まさか、麺を打つところから始めてるとか???
店内はおよそ30席。誰かが大食いチャレンジしてるとか???
くまなく眺めてみましたが、そんな様子はなく。
スマホという暇つぶしアイテムがあるからよかったものの、正直言って出直したいほどの待ち時間で(汗)
今回頼んだのは、味噌ラーメン2012(270元)、塩ラーメン(270元)、つけめん(300元)の三種類。普通の味噌ラーメンが一番おいしかったです。つけ麺はスープに入ってるスパイスが慣れない味で、苦手かなぁ。
でも、陽春麺なんかを50元とか、もっと安いと35元とかで食べられるこの高雄で、270元のラーメンは高級ですな!
あ、突然ですが、大好き!台湾というサイトのモバイルサイトで台湾に関係してそうなことをゆるく書いてます。更新は2週間に一回。暇つぶしにどうぞ。(携帯でしか見られませんが)
さ、8月も頑張ろうぞ。
2016/08/03
カイゴモンダイ
好きなことだけして暮らしたい!!と思って、書き始めたこのブログですが、最近はもうすっかりカイゴモンダイに侵食されております。
義父:中風から4年半。ほぼ寝たきり。鼻からチューブの栄養補給をするようになって2年半。頭はハッキリ。左半身不随。老人ホームで生活中。
義母:認知症の症状が出てきてから2年。7月初めに自宅浴室で転倒、股関節を手術。老人ホームで療養中。
義母が老人ホームに移ってからまだたったの3週間、在宅介護にあらず、何の苦労があろうか・・・と思うところですが・・・
好きなことだけして暮らせるようになる前に、私らの心が枯れそうな勢い。
『介護離職』の四文字の前に『介護うつ』という言葉がチラチラと見えてきたほど。
義母の体はすっかり元気になりましたが、記憶力の低下が進み、気分の浮き沈みが激しすぎるのが困りもの。オット氏と交代で日参していますが・・・しんどいとは言ってられません。
義母の激しい喜怒哀楽、会った人も話した事もすぐさま忘れていく様子、そして実家に帰りたいコールがあまりにエンドレスで、我慢大会に負ける寸前までいきました。
体があまりにも元気なので、術後1ヶ月経っていないのが信じられないほど。歩行補助具を嫌がり、車椅子も使わずに危なっかしく歩き回っています。声もよく出るし、よく食べるので、見た目はふつうに元気な高齢者。
義母は疲れ知らずで、私たちを見ると、とにかくエンドレスに「今この瞬間の不安」を話し続けます。
例えば、こんな風。
「ここは知り合いもいないし、孤独で寂しい。毎日泣いてばかりいるわ。早く家に帰りたい」
「私たち毎日会いに来てるじゃないですか。それにヘルパーさんはいい人ばかりだし、お話できる同世代の人もいますよ」
「ここじゃだめなの。孤独なの、寂しいの。やっぱり家がいい。自分の家がいい。家で暮らしたい」
「そうですね、でも今はまだ療養期間中だから、看護士さんがいて病院も近い、ここにいるのが安全で安心なんですよ」
「私はどこも痛いところがない、健康なのにどうしてこんな施設にいなくちゃいけないのよ。実家に帰る!!」
「お義母さんは手術をしたんですよ。まだ術後1ヶ月も経っていませんし、お医者さんから2ヶ月は安静にするように言わましたよね」
「2ヶ月?今あなた2ヶ月って言ったの?ああ最低、ひどい、なんてこと。ここに2ヶ月いるくらいなら死んだ方がましよ」
「でもまだ静養しなくちゃならないんですよ。どこを手術したか覚えていますか?」
「ひざでしょ、ひざ・・・ここら辺に痕が・・・・この辺?とにかくもう痛くないのよ。実家に帰りたいの!!」
「ひざじゃないですよ。股関節だから右側の腰かお尻の辺りですよ。触って確かめてみてください」
「ちょっと痛いけど、これくらいなんともないわ。だから私は今日もう家に帰れるのよね。」
「いや、まだ帰れないんですよ」
「なんですって?帰れない?そんなひどい話がある?ああ、もう最悪だわ。じゃ、あとどのくらいここにいなくちゃいけないの?」
「2ヶ月ですよ」
「2ヶ月?今あなた2ヶ月って言ったの?ひどい、地獄だわ。こんなことってある?耐えられないわ!!」
「お義母さん・・・今は静養第一なんですよ」
「もう静養したわ。じゃ、あとどのくらいしたら帰れるの?え?2ヶ月?なんてこと!!ひどい!!耐えられない!!」
こういうのが私たちがいる間、エンドレスに続きます。
またあるときは、こんな風。
「(かばんの中をごそごそしながら)ねぇ、私の保険証がどこにあるか知らない?どこを探してもないの、見つからないのよ、困ったわ」
「看護婦さんに預けてありますよ」
「じゃぁ、身分証はどこ?これもないのよ、どこを探してもないの」
「身分証は紛失しないように、オット氏が保管しているから、安心して下さいね」
「でも保険証がないの。どこを探してもないの。あれがないと不安で仕方ないの」
「それは看護婦さんに預けてありますよ」
「でも身分証は・・・・」
怒っても怒らせてもいけない、けんかをしてもいけない、それは分かっていますが、いかんせん私は凡人、菩薩の化身にはなれない。その前にこのエンドレスな会話に苦いものが口の中に広がります。
機嫌が悪いとへそを曲げてご飯を食べず、今日はちゃんと食べるのかと思うと、食べ終わってすぐに食べたことを忘れて「ごはんまだ?」と催促。
自宅介護している人は本当にすごいと思います。私はこれだけでもう折れそうだというのに。
さて、15年前に離婚した義父母が、奇しくも老人ホームで再会。初めの2週間はホームのスタッフによって、顔をあわせないよう配慮されていました。が、3週間目の昼下がり、ホールにて再会。
再会初日、義母、義父を一目見ても誰かわからず。義父の方が頭がハッキリしていて「私はあなたの夫でしたよ」と。
それから思い出したのか、義母の恨みつらみ口撃が、ずーーっと2時間近く続いたそう。遠目で見ている分には、話が弾んでるようだわ♪とか思えたらしいんですが、義父にとっては罵倒されっぱなしで辛い時間だったでしょう。
それから義父が同じホームにいるということが、分かることもあれば、分からないこともある。義父の事をありとあらゆる思いつく言葉で罵倒する日があれば、存在を思い出しすらしない日もある。そんなのが数日続き、先週末大きな変化が。
お昼過ぎに訪ねて見ると、義母は義父のベットの側に座り、義父の顔を撫でています。
はて?
「今日突然わかったの。私、彼を許したわ。全てを許して、彼を支える!」
ほえ?
「彼、若い頃はそりゃもうイケメンだったんだから。彼の方から言い寄ってきたのよ。沢山のプレゼントをくれてね。幸せな事だって沢山あったわ」
はぁ。
「彼ね、私のことを名前で呼ぶのよ。私が側にいると喜んで、感動して涙も流していたわ。」
へぇ。
「ねぇあなた。私が側にいると嬉しいでしょ?ほらこんなにいい笑顔!もうキスしてあげる!」
って、冗談かと思いましたが、何度もほっぺにチューを繰り返していました。なんて情熱的なwww
オット氏と並んで、唖然としましたよね。義母79歳、義父84歳です・・・・
でもそれも、過ぎてしまえばリセットされるのだろう、と思いきや!
ここ2日は私たちを見ても「家に帰る」とは騒がなくなり、朝に晩にと義父のところへいって「あなた、早く良くなってね。よくなったら一緒に家に帰りましょう」と、話しているそうです。これが、本当の姿か、仮の姿かは不明です。依然として気分にはムラがあり、ひどいときは手をつけられないそうなので。
でも、昼下がりのロビーで隣り合うように座って、
「あなたの心には私がいる?」「私のこと愛してる?」
とか、聞いてると鳥肌が立つような言葉を、義母は何度も何度も義父に聞いているそうです。それはそれで困る、とホームのスタッフに苦言を呈されるほど。
あんなに嫌って、憎しみがあって分かれたはずなのに、その部分がストンと消えてしまった様子。一時的にであれ、義父の存在が義母の心の支えになっているのか・・・心というのは上手くバランスが取れるようになっているのかもしれませんね。ないものを補填するため、それに相応しいものを探し、あてがい、平穏を得る。
あまりに「家に帰る」と騒ぎ暴れるので、色々なリスクや大変なことはあるだろうけど、外労(ヘルパー)を申請して、残りの人生は彼女が望む通りに実家で暮らせるようにしよう、と思っていたのですが、それは一旦棚上げ。
これがいつまで続く事やら。
2016/07/19
うーむ
10日ほど台湾を不在にしておりました。
義母の入院→退院からの諸々で、一人では心が折れんばかりのプレッシャーだったのではないかと思いますが、さすがオット氏、頑張ってくれていました。
義母は予定通りに退院となり、その後は24Hヘルパーさんに付き添いをお願いしながらの、義父のいる老人ホームでの静養がスタート。
お金っていうのはこういう大変な時に使うものですね。老人ホームへの入所金に加えて、専属のヘルパーさんをお願いすることで、出費としては結構なものですが、それでもオット氏の負担を大幅に軽減してくれたものと思います。
老人ホームの代金が月3万~3.5万元。ヘルパーさんは、入院時は2200元/日、老人ホームに移ってからは2400元/日。興味のある方は計算してみてくださいww
ヘルパーさんが義母に付き添ってくれた期間は計15日間。今週の日曜から、付き添いなしで引き続き老人ホームです。
週三日のリハビリの他に、オット氏がホームから近い病院へもリハビリに連れて行くそうです。リハビリは始まったばかり。でも、当初私が想像したよりも回復は早いように思います。
しかし、うーむ・・・。
入院中から、老人ホームに入っての数日間は、カテーテルっていうんでしょうか、尿道に管を入れていたんですね。そしたら、尿の仕方を忘れてしまったようで!外しても尿ができない!!
尿意がわかないのか、トイレに座っても出ない、出せない、でも時間が経つと(溜まっているので)おなかが痛い!という状況に。
なので、一旦は外したカテーテルを戻すことに。
ヘルパーさんが付き添っていたこともあり、甘えや依頼心なんかも膨らんだのかもしれません。
その後、再度カテーテルを外し、再度トイレトレーニング。
その間に、今後、外労(東南アジアのヘルパーさん)を雇う事も見越して、病院に巴氏量表(日本語ではバーセル指数というらしい)を出してもらい、術後まもなくカテーテルもしていたことから、外労を申請するには十分な低い数値がでたのですが・・・・
そう、外労を申請できます、今なら。
でも、申請したとして、どこで暮らすか。
私たちのマンション?私たちのマンションの近くに小さい部屋を借りる?六亀をリフォームして暮らす?
なんだかどれもピンときません。
とにかく親孝行なオット氏は、外労を申請して、狭いながらも私たちのマンションで暮らして、認知症がもっと進んだらまた老人ホームに戻るのではどうか、と思っているそうですが。
うーむ・・・
でも、ヘルパーさんが離れて、一人でのホーム入居となった義母さん、夜から深夜にかけて3-4度、深夜から明け方にかけても3-4度と、とにかく頻繁にトイレに起きます。不眠を疑うほどに。
こんな状況で同居となったら、私たちの生活が崩壊するような気がしますよねぇ。
台湾の老人ホームというのは、日本が個室型なのとは違って、介護する側にとって合理的なように(かどうかはわからないけれど)半オープンな部屋になっていて、今のホームは、完全個室ではありません。
一人部屋、三人部屋、五人部屋、六人部屋とあり、大部屋の入り口には扉がありますが、扉は常に開けられていて、個室はカーテン一枚での仕切り。
だから、物音や声が響くんですね。
義母は就寝時に明かりがあるのを嫌うので、一人部屋にしましたが、トイレは外。何度もトイレに行くので、隣の住人からクレームが・・・トホホ。
これまで専属のヘルパーが付いていたのが、急に一人にされたのと、3分前のことを覚えていられない事もあり、昨日は、オット氏が早朝、義姉が日中見舞いに行きましたが、夜に覚えているはずもなく。
私と娘ちゃんが夜7時過ぎに着くと、がっくりと肩を落とし泣きそうな顔でぽつんと座っていました。
そして、看護師さんには 「息子に捨てられた」 と何度となく訴えていたようで・・・・
そういえば、義父が倒れてからもそうでした。夕方から就寝するまで、鬱々となる傾向が強いようです。
さて、これからどうなるのやら。
祖父母というのは、孫を見ると不思議なほどに喜びますね。娘ちゃんのおかげで鬱々とした気分が晴れたのか、孫(娘ちゃん)に付き添われてリハビリに励む義母。
ほんとに、これからどうなるのかしら。
義母の入院→退院からの諸々で、一人では心が折れんばかりのプレッシャーだったのではないかと思いますが、さすがオット氏、頑張ってくれていました。
義母は予定通りに退院となり、その後は24Hヘルパーさんに付き添いをお願いしながらの、義父のいる老人ホームでの静養がスタート。
お金っていうのはこういう大変な時に使うものですね。老人ホームへの入所金に加えて、専属のヘルパーさんをお願いすることで、出費としては結構なものですが、それでもオット氏の負担を大幅に軽減してくれたものと思います。
老人ホームの代金が月3万~3.5万元。ヘルパーさんは、入院時は2200元/日、老人ホームに移ってからは2400元/日。興味のある方は計算してみてくださいww
ヘルパーさんが義母に付き添ってくれた期間は計15日間。今週の日曜から、付き添いなしで引き続き老人ホームです。
週三日のリハビリの他に、オット氏がホームから近い病院へもリハビリに連れて行くそうです。リハビリは始まったばかり。でも、当初私が想像したよりも回復は早いように思います。
しかし、うーむ・・・。
入院中から、老人ホームに入っての数日間は、カテーテルっていうんでしょうか、尿道に管を入れていたんですね。そしたら、尿の仕方を忘れてしまったようで!外しても尿ができない!!
尿意がわかないのか、トイレに座っても出ない、出せない、でも時間が経つと(溜まっているので)おなかが痛い!という状況に。
なので、一旦は外したカテーテルを戻すことに。
ヘルパーさんが付き添っていたこともあり、甘えや依頼心なんかも膨らんだのかもしれません。
その後、再度カテーテルを外し、再度トイレトレーニング。
その間に、今後、外労(東南アジアのヘルパーさん)を雇う事も見越して、病院に巴氏量表(日本語ではバーセル指数というらしい)を出してもらい、術後まもなくカテーテルもしていたことから、外労を申請するには十分な低い数値がでたのですが・・・・
そう、外労を申請できます、今なら。
でも、申請したとして、どこで暮らすか。
私たちのマンション?私たちのマンションの近くに小さい部屋を借りる?六亀をリフォームして暮らす?
なんだかどれもピンときません。
とにかく親孝行なオット氏は、外労を申請して、狭いながらも私たちのマンションで暮らして、認知症がもっと進んだらまた老人ホームに戻るのではどうか、と思っているそうですが。
うーむ・・・
でも、ヘルパーさんが離れて、一人でのホーム入居となった義母さん、夜から深夜にかけて3-4度、深夜から明け方にかけても3-4度と、とにかく頻繁にトイレに起きます。不眠を疑うほどに。
こんな状況で同居となったら、私たちの生活が崩壊するような気がしますよねぇ。
台湾の老人ホームというのは、日本が個室型なのとは違って、介護する側にとって合理的なように(かどうかはわからないけれど)半オープンな部屋になっていて、今のホームは、完全個室ではありません。
一人部屋、三人部屋、五人部屋、六人部屋とあり、大部屋の入り口には扉がありますが、扉は常に開けられていて、個室はカーテン一枚での仕切り。
だから、物音や声が響くんですね。
義母は就寝時に明かりがあるのを嫌うので、一人部屋にしましたが、トイレは外。何度もトイレに行くので、隣の住人からクレームが・・・トホホ。
これまで専属のヘルパーが付いていたのが、急に一人にされたのと、3分前のことを覚えていられない事もあり、昨日は、オット氏が早朝、義姉が日中見舞いに行きましたが、夜に覚えているはずもなく。
私と娘ちゃんが夜7時過ぎに着くと、がっくりと肩を落とし泣きそうな顔でぽつんと座っていました。
そして、看護師さんには 「息子に捨てられた」 と何度となく訴えていたようで・・・・
そういえば、義父が倒れてからもそうでした。夕方から就寝するまで、鬱々となる傾向が強いようです。
さて、これからどうなるのやら。
祖父母というのは、孫を見ると不思議なほどに喜びますね。娘ちゃんのおかげで鬱々とした気分が晴れたのか、孫(娘ちゃん)に付き添われてリハビリに励む義母。
ほんとに、これからどうなるのかしら。
2016/07/04
7月
今日の夕方の一枚。
7月になりましたね。
イスタンブールに行きたいと書いた翌日にテロがあり、
なんでしょねー。劣化ですかねー。
娘ちゃんは夏休みに入り、家族で夏休み♪と思っていた矢先の昨日。
義母、自宅浴室で転倒。
オット氏に電話があり駆け付けてみると、とりあえず立ててるし、打撲ぐらいかと思っていたんですよね。
しかし、あまりに痛みを訴えるので、高雄の大きめの病院まで連れていくことに。
軽度認知症の義母。病院につけば、なぜ痛みがあるのかを忘れ、私は不整脈なんですよ、なんて話を知らない人としていたり。外科に行かないといけないのに、内科に並んだり。私は健康!大丈夫、立てるわ!!といって、オット氏を困らせ、挙句六亀に帰りたいとゴネ、泣き、それはもう大変だったそうです。
結局どうだったのかというと、右側の股関節を骨折していました。
放っておくと大腿骨頭が壊死してしまうので、すぐに手術すべきといわれ、即入院。翌日の今日、人工股関節とりつけの手術が行われました。手術は半身麻酔で、2時間弱。比較的簡単なもので、手術も成功。
命にかかわる大事態ではなかったものの、問題はこれから。
うちでは今、老人ホームに入っている義父の一切を引き受けていますが、予測はしていたものの、義母もか…
あら?これが世にいうミドルエイジクライシス?
危機迫る感じ?
5日後に退院予定だそうです。
退院後は自宅介護を検討していた風のオット氏でしたが、共稼ぎの嫁的には、200%無理かと。。(黙)
長らく音信不通だった義姉が自宅介護してもいいといってくれているようですが、義母と過去に大きなけんかをして仲違いをした彼ら。身体的な介護に加えて、今回の転倒を機にどんどん進んでいくと思われる認知症に果たしてどのくらい耐えられるのか。
自宅が安全、やっぱり身内が一番!ってそれホント?なかなかそうは思えないんですが。
物事を悲観する傾向の強い私としては、どこでであれ、義母の現状を考えると自宅介護には賛成できないのであります。
義母が望んでいる実家への帰宅については、実家の六亀には大きな病院もなければ徒歩圏内に買い物できるところがないし、そもそも実家に戻るにはまず水回りを含めたリフォームもしないと、たとえ外労(東南アジアのヘルパーさん)を雇っても、あそこでは生活が成り立たない。
義母の認知症がわかってから、この日が来ることを予想はしていたものの、夏休みが来ることに舞い上がっていたので、冷水を浴びせられたようなショックでございますww
退院後は安静にしなくてはならないし、食事や世話の一切、環境も考えると、私たちの家からも近い、義父が入っている老人ホームに、とりあえず入って静養してもらうのが一番かな、と。
そんなわけで、早速お部屋の確認をしに行き、と、今日もまた目まぐるしく一日が終了。
義父と義母、15年前に離婚してるんですけどね、この期に及んで同じホームに入ることになるのか・・・、まぁ、まだわかりませんけど。運命なのか、でも皮肉なもので・・・。

